奔放な身振りと息づかい 宮崎 文子展
(1999年2月25日毎日新聞夕刊掲載)
絵の具と キャンパスの出会いが絵画を誕生させるとすれば、版という媒介の助けを借りてインクと紙が出会うことで版画は生まれる。出会いを演出するのは、言うまでも なく作家である。難しく考えるのはよそう。作家の演出法、言い換えれば身振りや息づかいが実に奔放で、またとても楽しげで、だからこそ生まれた作品のなん と愉快で大らかなことか!
昨年の神奈川国際版画トリエンナーレ や日本版画協会展で受賞を重ね、頭角を現した作家の新作=写真=は、まずそんな感慨を抱かせた。日常のとりとめのないスケッチやデッサンが作品に結実する と、作家自身語るように、見る側にとっても見慣れた光景や出来事が、まるで泥をこねているうちに自然と造形化されたとでも言いたいふうな平然とした表情も 特徴にあげていい。それはつまり、たとえばミニマルアートがそうだったように、作品がそれ自身で完結、すなわち見る側の自由な想像を拒否するなど外部との 関連を一切たってしまうような冷たさとは無縁だということでもある。
そうしたイメージの豊穣(ほうじょう)は 銅版画などよりも素描に近い、比較的自由な作画が可能なリトグラフと言う手法にもよるのだろう。だが、イメージにのみとらわれては、この作家の力量を見損 なってしまう。形を書き出す線や面、色などの要素それ自体の魅力をわすれてはならない。もっと言えば、余白にさえ特に緊張をはらんだ、時に弛緩(しかん)し た空気が流れるのだ。画面をおおうそれらの要素の充実、密度の濃さは、発表を重ねるごとに深化を続ける。もっとも作家の若さからすれば深化をしたばかりと 言った方が適切だ。そして何より変わらぬ自在な身振りと息づかいが、作家を支える強烈なエネルギーとなっているのである。1971年生まれ。27日まで、 銀座7の10、シロタ画廊。 【石川 健治】